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おじさんとのお別れ

今日はちょっと悲しい思いを書きます。

長くなるかもしれませんが、今の思いを残しておきたいと思います。

火曜日、水曜日とレッスンをお休みさせて頂きました。

御迷惑をおかけして申し訳ありません。

お休みさせて頂いた分は振替をさせて頂きます。

お休みを頂いた理由は「おじさん」のお葬式でした。

おじさんは67歳、2年前に脳幹梗塞になりましたが人並みに生活をしていました。

亡くなる2か月前までは本当にごく普通に暮らしていました。

脳幹梗塞の影響で食べられないものもあったけれど、1人で買い物も通院もできていました。

本当の父親ではないけれど、一緒に過ごした約30年は楽しい日々でした。

ありがとう以外の言葉はみつかりません。

28年前、母のバドミントンの仲間として知り合いました。

面白いおじさんで、おじさんの子供たちとも仲良くなり、ご飯を食べたり出かけたりと家族ぐるみの仲でした。

それから3年後(今から25年前)、事情があっておじさんたちとは、このとき以上に家族のような付き合いになりました。

毎日お互いの家を行き来して、本当の家族が一緒に当たり前のようにご飯を食べるように生活するようになっていました。

言いたいことを言い合い、ケンカもしたし笑いあったし、旅行にも行ったし、ごくごく普通の家族のように暮らしていました。

ピアノ教室で生徒さんが増えた時、発表会が終わったとき、コンサートが成功した時、いつもいつも喜んでくれて褒めてくれて。

一喜一憂してくれていました。

私が病気になって、すぐに母が病気になって、たくさん心配も迷惑もかけていたと思います。

その影響なのか、2年前の4月に脳幹梗塞になり救急車で運ばれました。

夜ご飯を食べていてみんなが起きていたときだったこと、救急車が早く到着したこと、近くの病院が受け入れてくれたこと、夜勤の先生が脳神経の先生だったことなど良い偶然が重なり、その年の11月に退院しました。

退院したときは一切の食べ物が食べられず、鼻から栄養を摂っていました。

病院からは飴とガム以外は口に入れてはいけないと言われていましたが、おじさんは2年かけて何でも食べられるようになっていました。

柔らかいものはもちろん、おせんべいやお新香も食べられるようになっていました。

食べることが大好きだったので、今となってはそれが本当に良かったと思う1番のことです。

おじさんと会えなくなって5日がたちます。

寂しくて仕方がないです。

もう会うことも声を聴くことも、笑い合うこともできません。

悲しいけれど、この辛い時に私を救ってくれるものは音楽や毎日来てくれる生徒さんだと改めて感じました。

まだ友人たちには言えていないし、言葉に出すと悲しくなってしまうので言えないかな・・・

最後に。

おじさん、楽しい思い出をたくさんありがとう。

どうかみんなを見守っていてください。

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